
相手が先に離せばいい。
こちらから離したら、負けたことになる。そんなふうに考えている間に、二人とも別の誰かにつかまってしまう。
「漁夫の利」は、争っている者をよそに、第三者が利益を得ることです。得をした漁師はよく覚えていても、捕まる前の二者にどんな時間が流れていたかは、あまり考えないかもしれません。

最初から同じ立場ではなかった
貝が殻を開いているところへ、シギが飛んできて、その身をつつきました。貝は殻を閉じ、シギのくちばしを挟みます。互いに相手が先に死ぬと言い合い、離そうとしません。そのまま、漁師に二者とも捕まってしまいます。
この話を「どちらも意地を張った」で済ませる前に、一つ確かめておきたいことがあります。最初につついたのはシギで、貝は身を守るために殻を閉じました。最初から二者が同じことをしたわけではありません。
だから、争いをやめるという話を、被害を受けた側が黙って我慢する教訓にしてはいけないでしょう。
離せばよい だけでは足りない
ここからは、物語を手がかりに考えてみます。
貝が先に開けば、またつつかれるかもしれません。シギも、くちばしを挟まれたままでは飛び去れません。二者が安全に離れるには、ただ「仲よくして」と言う以上の工夫が要りそうです。
相手が何をやめれば、自分も何をやめられるのか。第三者に間に入ってもらえないか。守るべきものを守りながら、争いを終える方法はないか。
原典には、その解決方法までは書かれていません。だからこそ、捕まった場面から一つ前へ戻って、考える余地があります。
漁師が来てからでは遅かった
『戦国策』では、蘇代がこの話を使って、燕を攻めようとする趙の王を説得します。燕と趙が争って疲れ果てれば、強い秦が漁師のように利益を得るかもしれない、と警告したのです。王は攻撃を取りやめます。
小話の中では二者は捕まりますが、その小話を聞いた王は、同じ結末を避けました。
ここに、読み返す楽しさがあります。故事は、失敗を見て笑うためだけにあるのではなく、まだ起きていない失敗を止めるためにも語られたのです。
いま 見えていないもの
相手との言い争いが長引いているとき、失っている時間や、置き去りになっている仕事はないでしょうか。
勝ったあとに守りたいものが残っていなければ、勝負の意味も変わってしまいます。
「相手に勝てるか」の隣に、「このまま続けて、何を失うか」を置いてみる。漁師の姿が見える前に、少しだけ視野を広げてみたいものです。
出典:『戦国策』燕策二「趙且伐燕」。貝は原典の「蚌」、鳥は「鷸」によります。現代の対立解決への問いは、この読み物の解釈で、原典の解決策ではありません。