本文へ
作品一覧 / 推敲 門をたたく一字が 二人を並ばせた

ILLUSTRATION

推敲 門をたたく一字が 二人を並ばせた

推敲の単体イラスト

月夜の門を、手で押して開けるのか。それとも、閉じた門をこつこつと叩くのか。詩の中の動作を決められずにいたら、現実の道では、お偉い人の行列が近づいていました。

文章の言葉をよく考え、練り直すことを「推敲」といいます。由来をたどると、一文字のために手まで動かす詩人と、その迷いにつきあうもう一人の詩人が現れます。

推敲の故事を描く4コマ

ロバの上で 押したりたたいたり

『唐詩紀事』に、唐の詩人、賈島(かとう)の逸話があります。試験を受けるため都へ来た賈島は、ロバに乗って詩を考え、「僧は推す月下の門」という句を得ました。月明かりの下で、僧が門を押す情景です。

ここで迷うのが、「推(お)す」か、「敲(たた)く」か。押すなら、僧は門に手を当て、そのまま向こうへ押し動かします。叩くなら、まだ閉じている門に手を打ちつけ、こつこつと音を立てます。同じ門の前でも、押し開ける一場面と、ノックする一場面とでは、見える動きが違います。

門の前にいるのは、詩の中の僧です。賈島本人はロバの上。その僧の動作を思い描きながら、どちらの字がよいか考え、実際に手で押す動作、たたく動作をしてみます。

ところが、考え込んだまま、都の長官であり文章家でもある韓愈(かんゆ)の行列に入り込んでしまいました。頭の中では月夜の門前。体は都の道の上。二つの場所が、うっかり重なってしまったように読めます。

叱られるはずの場所で 詩の相談

賈島が事情を詳しく話すと、韓愈は「敲」の字がよいと言いました。そして二人は、乗り物を並べて進みながら、しばらく詩を論じ合ったと記されています。

この結びが、なんともいいところです。一文字の相談に答えて解散、ではありません。道をふさいだ相手と、今度は道を一緒に進む。迷惑な通行人が、詩を語り合う相手へ変わっています。

韓愈がどんな表情だったか、賈島がどれほどほっとしたか。採用した本文はそこまで語りません。けれど、「轡を並べる」という動きだけで、二人の距離が縮まる様子は伝わってきます。

たった一文字で 夜に音がする

では、どうして「敲」がよいのでしょう。実は、この『唐詩紀事』の箇所に、韓愈の詳しい説明はありません。「門をたたく音が、かえって静けさを際立たせるからだ」と韓愈が語ったことにはできないのです。

ここからは、私たちが二つの句を比べてみましょう。門を押せば、僧の手と門の動きが見えます。門をたたけば、音が聞こえ、そのあと返事を待つ間まで想像したくなります。

一文字を変えただけで、読者の耳が働き始める。月も僧も門も変わらないのに、場面の時間の流れが変わるようです。ただし、これは読み方の一つ。どんな文章でも「押す」より「たたく」が優れている、という決まりではありません。

迷った跡が 言葉に残った

面白いことに、できあがった句では「敲」が選ばれたのに、故事成語には「推」も残りました。採用されなかった一文字まで含めて、「推敲」なのです。

完成した文章を読むと、最初からその言葉しかなかったように見えることがあります。その裏には、選ばれなかった案や、いったん消して戻した表現もあるのでしょう。そんな書き手の机の上を、この二文字から想像できます。

自分では決められず、誰かと話して選ぶこともある。文章を練る作業には、一人で考え込む時間だけでなく、轡を並べる時間も含まれていてよさそうです。

こんなときに、ひとこと

以下は日常場面を想定した創作例です。

① 友人を食事に誘う短いメッセージが、なかなか送れない。

「『よかったら』と『もしよければ』で推敲中。文章より先に、お店の席が埋まりそう」

② 送る前に読み返したメールから、長い前置きを削った。

「推敲したら、半分になった。私の本題、ずいぶん奥の席に座ってたね」

出典:宋・計有功『唐詩紀事』巻四十・賈島。唐の人物について後代の書物が伝える逸話です。「推」「敲」の情景は動作を理解するために具体化しました。詩中の僧と、ロバの上で身振りする賈島は別です。韓愈の選字理由は、この箇所には記されていません。音や待ち時間、二人の距離についての読み取りは、本稿の解釈です。

画像のダウンロード

4コマ画像をダウンロード(PNG)

単体イラストをダウンロード(PNG)

推敲 門をたたく一字が 二人を並ばせた

ILLUSTRATION

イラストのダウンロード

画像をダウンロード
← 作品一覧へ戻る