本文へ
作品一覧 / 鶏鳴狗盗 救ってくれたのは 自慢しにくい特技

ILLUSTRATION

鶏鳴狗盗 救ってくれたのは 自慢しにくい特技

鶏鳴狗盗の単体イラスト

「鶏の鳴きまねができます。」

立派な人を探す席では、あまり強い自己紹介に聞こえないかもしれません。ところが、夜明け前の関所では、その一芸が全員の行く末を変えました。

「鶏鳴狗盗(けいめいくとう)」は、鶏の鳴きまねや犬のように物を盗むことから、つまらない技能や、そのような技能を持つ人をいう言葉です。一方、どんな小さな技能も役に立つことがある、という意味でも使われます。その両方が生まれる理由は、物語の終わりまで読むと見えてきます。

鶏鳴狗盗の故事を描く4コマ

もう贈ってしまった 毛皮の衣

『史記』の「孟嘗君列伝」に登場する孟嘗君は、斉の有力者です。多くの食客を養い、さまざまな人を自分のもとに迎えていました。食客とは、ここでは食事や暮らしの面倒を見てもらいながら、その人のもとに身を寄せる人たちのことです。

秦へ行った孟嘗君は、昭王から宰相に迎えられます。ところが、斉の一族である孟嘗君は秦より斉を優先するだろう、と王に説く者が現れました。王は考えを変え、孟嘗君を捕らえ、殺そうとします。

孟嘗君が王の寵姫に助けを求めると、白い狐の毛皮の衣、狐白裘(こはくきゅう)が欲しいと言われます。困ったことに、その比類ない一着は、すでに王へ献上していました。似た品をもう一着、とはいきません。

最初の扉を 開けた人

そこで名乗り出たのが、犬のように忍び込んで物を盗む技を持つ食客でした。彼は夜に秦の宮中の蔵へ入り、献上済みの衣を持ち出します。それを寵姫へ渡すと、彼女が王に口添えし、孟嘗君は釈放されました。

犬が衣を運んできた話ではありません。犬の声をまねただけでもありません。蔵へ忍び込み、必要な品を取ってくる人の技が、ここで働いています。

もっとも、この場面をそのまま現代の善行としてまねることはできません。盗みや贈り物による働きかけを勧める話としてではなく、危機を語る古い物語として読む必要があります。

夜明けを待っていたら 間に合わない

自由になった孟嘗君は、すぐ秦を離れようとします。名前と通行文書を変え、夜中に函谷関へ着きました。しかし、門が開くのは鶏が鳴いてから。釈放を後悔した秦王の追手が来るかもしれず、朝まで待ってはいられません。

今度は別の食客が、鶏の鳴きまねをします。すると周りの鶏が一斉に鳴き始め、関所が開きました。孟嘗君たちは通行文書を示して脱出し、その少しあとに追手が到着します。

衣の一件で助かったと思ったら、次は門で足止めされる。一度目と二度目では、必要な技が違いました。一人の万能な英雄ではなく、二人の違う一芸が、順番に一行を救ったのです。

最後に変わったのは 評価だった

『史記』は、逃げ切ったところでこの挿話を閉じません。もともとほかの食客たちは、この二人が仲間にいることを恥じていました。ところが秦での危難を救ったのが二人だったため、それ以後は皆が感服した、と記します。

先に低く見られていたのは、技だけでなく、その技を持つ人でした。役に立ったあとで、同じ顔が違って見える。物語の逆転は、関所の外だけでなく、仲間の目の中でも起きています。

ここから、評価する側の物差しも場面によって変わるのだ、と読むことができます。ただし「いつか役立つはずだから、どんな行為も許される」という理屈にはできません。技能の価値と、使い方の是非は分けておきたいところです。

褒めるつもりでも 言い方には注意

現代なら、誰も使い方を覚えていない古い機器を動かせる人や、細かな違いを一瞬で見分ける人に助けられることがあります。大きな資格欄には書きにくくても、目の前の困りごとにはぴたりとはまる。

そんなとき、「君は鶏鳴狗盗だね」と正面から言うのは、少し危険です。小さな技を見下す響きもあるからです。「鶏鳴狗盗と笑っていたら、助けられた」と、自分の見る目のなさを引き受けるほうが、感謝は伝わりやすそうです。

何の役に立つのか、と聞く前に、何ができる人なのかを聞いてみる。まだ門が閉まっていないうちから、その話を聞けたら、なおよいのでしょう。

出典:司馬遷『史記』巻七十五 孟嘗君列伝。狐白裘の入手と寵姫の口添え、函谷関での鳴きまね、食客たちの評価の変化までを紹介しています。現代の技能や言い方の例は、この読み物の解釈です。

こんなときに、ひとこと

以下は現代向けの創作使用例です。技能が役立つ意味で用いていますが、相手を直接『鶏鳴狗盗』と呼ぶのではなく、自嘲や自分の評価の訂正として使っています。

自分の地味な特技が 思わぬ場面で役立ったら

「十種類のケーブルを一目で見分けるだけの鶏鳴狗盗と思っていましたが、本日の会議を救いました。地味な趣味にも出番はあるようです。」

軽く見ていた一芸に 助けられたら

「同僚の『音だけでプリンターの紙詰まりがわかる』特技を、鶏鳴狗盗と笑っていた。今日はその人を、静かに先生と呼んだ。」

画像のダウンロード

4コマ画像をダウンロード(PNG)

単体イラストをダウンロード(PNG)

鶏鳴狗盗 救ってくれたのは 自慢しにくい特技

ILLUSTRATION

イラストのダウンロード

画像をダウンロード
← 作品一覧へ戻る