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守株 昨日の幸運を 明日の方法にしてしまうと

守株の単体イラスト

一度うまくいった方法を、もう一度試す。

それ自体は、悪いことではなさそうです。昨日おいしくできた料理なら、今日も同じ手順を使います。勉強の仕方が合っていたなら、続ける価値もあります。

では、切り株の前で待った農夫は、何を取り違えたのでしょう。

守株の故事を描く4コマ

手に入ったのは 方法だったのか

宋の国に、田を耕す人がいました。あるとき、走ってきたウサギが切り株にぶつかり、死んでしまいます。農夫はそれを手に入れました。

そこで農具を手放し、またウサギが来ることを期待して、切り株を見守るようになります。しかし、再び得ることはできませんでした。

農夫が切り株のそばにいたことと、ウサギがそこへぶつかったこと。その二つは同時に起こりました。けれど、そこに居続ければ同じ結果を起こせる、とは限りません。

幸運な出来事を見つけた瞬間に、幸運を作る方法まで見つけた気になってしまった。ここからは、そう考えてみたいと思います。

試すことと 任せきること

たまたま出した企画が好評だったら、もう一度似た企画を試したくなります。それは自然なことです。

ただ、よかった理由は何でしょう。内容なのか、時期なのか、その日に紹介してくれた人がいたからなのか。一度の結果だけでは、まだ切り分けられないことがあります。

農夫の話で気になるのは、ウサギをもう一度待ったこと以上に、田を耕す道具を手放したところです。確かではない期待に、日々の仕事をすっかり任せてしまいました。

少し試して確かめることと、確かめないまま頼りきること。その違いを、この切り株は見せてくれます。

古い方法だから悪い という話でもない

「守株」は、古いやり方にとらわれて変えようとしないことを表します。

『韓非子』の「五蠹」では、昔の政治のやり方を、そのまま当時の世に当てはめようとする態度への批判として、この話が使われています。時代や条件が違うのに、昔よかったことだけを根拠にするのは危うい、という文脈です。

古い方法をすべて捨てればよい、という話にしてしまうと、また乱暴になります。長く役立ってきた方法にも、理由があるでしょう。確かめたいのは、今もその理由や条件が成り立っているかどうかです。

切り株の外を見る

前に成功したやり方を続けるとき、二つだけ問いを置いてみます。

「あのとき、なぜうまくいったのだろう」

「その条件は、今もあるだろうか」

うまく答えられないなら、やめると決める前に、小さく確かめることもできます。切り株を見に行きながら、田を耕す手まで止めない選び方もあるはずです。

経験を大切にすることと、経験の中に閉じこもること。その違いは、昨日の結果を眺めているか、今日の条件を見ているかに表れるのかもしれません。

出典:『韓非子』五蠹。「株」は切り株。再試行や検証についての現代的な提案は、この読み物の解釈です。「待てばいつか必ず報われる」という意味ではありません。

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