
商人は、武器を試される前に言葉に詰まりました。
盾が割れたわけではありません。矛が折れたわけでもありません。客に、たった一つ質問されただけです。
「その矛で、その盾を突いたら、どうなる?」
「矛盾」の由来としておなじみのお話です。でも、あの商人は、いったい何を間違えたのでしょう。

商品への苦情は、まだ一件もない
昔、中国の楚の国に、矛と盾を売る人がいました。
盾を持てば、どんなものにも突き通されないと自慢する。矛を持てば、どんなものでも突き通せると自慢する。
そこで客が、その矛と盾を組み合わせたらどうなるのかと尋ねると、商人は答えられなくなりました。
ここで少し立ち止まってみましょう。
この話を聞いて、「粗悪品を売ろうとした商人が見破られた」と受け取ってはいないでしょうか。
けれど、物語の中では商品の性能を試していません。盾も矛も、実際にどれほど優れていたのかはわかりません。
わかったのは、二つの売り文句が、両方とも正しいということはありえないという点です。
客が突いたのは、盾より先に、説明のつじつまでした。
言い切らなければ、売れたかもしれない
商人の売り文句を、少し変えてみます。
「丈夫な盾です」
「鋭い矛です」
これなら、同じ店に並んでいても問題ありません。丈夫な盾と鋭い矛は、両方あってよいのです。
ところが商人は、そこに「どんなものでも」を付けました。
どんなものにも突き通されない。
どんなものでも突き通せる。
「どんなもの」の中には、隣で売っている商品まで入ってしまいます。
矛を褒めれば、自分の盾では防げないことになる。盾を褒めれば、自分の矛では突き通せないことになる。
どちらの商品も立てようとして、説明どうしを戦わせてしまったのです。
商品の魅力を大きくするための言葉が、説明できる範囲を超えてしまった。そう読むと、この商人の失敗は少し身近になります。
私たちも、同じ店を開いている
「何でも気軽に相談してください」
そう言ったあとで、相談してきた人に、
「そのくらい、自分で考えてください」
と言ってしまう。
もちろん、自分で考えてほしい場面はあるでしょう。ただ、最初の「何でも」を相手が信じていたら、話が違うと感じるはずです。
「相談してほしい」と「自分で考えてほしい」は両立します。たとえば、「まず考えてみて、困ったら相談してください」と伝えればよいのです。
矛も盾も、扱い方を説明すれば同じ店に置けます。
困るのは、それぞれを別の場面で強く言い切って、二つを並べたときのことを考えないままでいるときです。
意見が変わることまで、矛盾?
一方で、「前と言っていることが違う」というだけで、すぐに矛盾とは言えません。
朝は晴れると思っていたけれど、昼に予報を見て、雨が降ると思い直した。新しい情報を知って判断が変わったのであれば、前の考えと今の考えが違うのは自然です。
「この盾は何でも防げる」と言っていた商人も、途中で、
「言いすぎました。この矛まで防げるとは保証できません」
と説明を直せば、少なくとも同じ二つの主張を続けずに済みます。
間違いに気づいたあとに大切なのは、以前の言葉を守り抜くことより、何をどう直したのかを伝えることかもしれません。
商人に、もう一度売ってもらうなら
あの商人に、もう一度店先に立ってもらうとしましょう。
あなたなら、矛と盾にどんな売り文句を付けますか。
「どんなものでも」を使わずに、それぞれのよさを伝えてみてください。考えてみると、絶対と言い切るより、具体的に褒めるほうが難しいことに気づきます。
何を防げる盾なのか。
何を突き通せる矛なのか。
どんな場面で役に立つのか。
そこまで話せれば、客も商品を選べます。
「矛盾」は、二つの主張や物事のつじつまが合わないことを指す言葉です。
誰かの食い違いを見つけたときだけでなく、自分が自信たっぷりに話しているときにも思い出したいものです。
その売り文句は、隣の売り文句と並べても大丈夫でしょうか。